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「二兎」3号続き3

    マヨヒガ      佐藤真里子

うすい骨の器に浮く
やわらかな森
側頭葉の果てにある
わたしの家

窓からの陽射しを
いっぱいに入れて
黴臭い図書部屋を
明るくする

本、一冊、一冊の
背表紙に触れながら
奥へ進んでいくと

とっくに抜いた棘の疵が
ちりちりと痛みだし
この森に踏み入るひとの
靴音がする

急ぎ、鏡に向かい
長い髪をほどき
唇に紅を引く

…さあ
…お入りなさい
…ずうっと待っていたの

歌うようにつぶやき
でも
爪先から
ゆっくりと
消えていく



   
    囲炉裏端で    坂多瑩子

嫁にきたときの古い家で 父方の
祖母はひとりになった 
その家には
死んでしまった人たちがいっぱいいた
それで祖母は
いつもニコニコしていた

おじいさん たまにはおいでませ
みんないなくなった囲炉裏端で
祖母の声に
おお こわっ
震えたあたしはまだ二十歳まえ
だったけど

それにしても
とんでもないこと
死んだら出てこないで 

あたしは何回も
念をおした 出てきそうな人たちに
二人の祖母に 伯母たち それから母にも
気がつくと女ばかり

女ばかり明るいリビングで

出てこないでよといった相手に
あたしは
熱い茶をすすめる
湯気が遠のくと
一瞬なつかしい声を聞こうとして
どうぞ ごゆっくり
なんてね



    
   卵売り      水野るり子

そこは海辺の集落だった。屋台には小さなざ
るに入った卵が並べられていた。老女が丸椅
子に腰かけて 夢のなかをのぞいているよう
な目をしていた。

「あの…」と呼びかけると 人なれしてない
犬みたいにちらと私を見て すぐ目をそらし
た。考えてみれば用事などなかったのだ。声
をかけたのはおそらく人恋しい夕暮れのせい
だった。

卵をひとつ手に取ると 殻はふしぎに柔らか
だった。なかほどにうっすら裂け目がついて
いる。そこから卵のなかをのぞこうとすると 
手のひらで何かがそろりと身動きするような
気配がして…のぞくのをやめた。

ふいに老女が目を上げて「お望みなのかえ?」
といった気がした。私は反射的に一歩後ろに
下がり 卵を置いた。夕陽のなかで卵の数は
不用心にふえつづけていた。

いつのまにかどの卵にも黄色い毛糸の紐が結
わえられていた。何かのおくりものなのだろ
うか。浜からの風に黄色い毛糸がかすかに震
えていた。吐息のようだった。卵たちをそこ
に残して 急速に日が沈んでいった。     
    
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青りんご

「二兎」3号の詩作品を読み渡ってゆきますと、個人的な好みかもしれませんが、特にこの最後の3編に、いまの現実からすうっと入ってゆける遠野の世界に直結した不思議さを感じました。他の作品も、多彩で豊かなイメージを展開していましたので、改めて、「遠野物語」の奥深さを思いました。
by 青りんご (2012-07-16 17:34) 

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