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「二兎」3号エッセイ2

    ザシキワラシと水底で住む
                   佐伯多美子

 一七 旧家にはザシキワラシといふ神の住みたまふ家少なからず。この神は多くは十二、三ばかりの童児なり。をりをり人に姿を見することあり。土淵村大字飯豊の今淵勘十郎といふ人の家にては、近き頃高等女学校にゐる娘の休暇にて帰りてありしが、ある日廊下にてはたとザシキワラシに行き違ひ大いに驚きしことあり。これはまさしく男の児なりき。同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物をしてをりしに、次の間にて紙のがさがさといふ音あり。この室は家の主人の部屋にて、その時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影もなし。暫時の間坐りてをればやがてまたしきりに鼻を鳴らす音あり。さては座敷ワラシなりけりと思ヘリ。この家にも座敷ワラシ住めりといふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり。

 ザシキワラシは男の児だったり女の児だったり。家に住んでいたり姿を見た人もいる。その、実在は気配。気配が住んだり姿を見せることは気配に身をゆだねると現れるよう。神々のいる気配のよう。気配は人以前からずっとあって。現在だって気配に生きている人もいるかもしれない。
食べるのも気配。電車に乗るのも気配。愛情も気配。空気を読むのも気配。言葉も…気配。
 気配で満ち足りる生き方。
そんな人、きっといる。そういう人、(ふいに)足を掬われて、さらわれて(現実はしばしばそういう人の足をさらう)自分で気づいた時は自分ごと消えている。だから、他人には気づかれにくい。だがたしかに「いた」のだ。でも、それは「存在」したのではなく、ただ「いた」のだ。それは事実なのだが証明するものはなにも、ない。アリバイなし。

 五四 閉伊川の流れには淵多く恐ろしき伝説少なからず。小国川との落合に近き所に,川井といふ村あり。その村の長者の奉公人、ある淵の上なる山にて樹を伐るとて、斧を水中に取り落としたり。主人の物なれば淵に入りて探りしに、水の底に入るままに物音聞こゆ。これを求めて行くに岩の陰に家あり。奥の方に美しき娘機を織りてゐたり。そのハタシに彼の斧は立てかけてありたり。これを返したまはらんといふ時、振り返りたる女の顔を見れば、二、三年前に身まかりたるわが主人の娘なり。斧は返すべければわれがここにあることを人に言ふな。その礼としてはその方身上よくなり、奉公をせずともすむやうにしてやらんと言ひたり。そのためなるか否かは知らず、その後胴引などいふ博奕に不思議に勝ち続け金たまり、ほどなく奉公をやめ家に引込みて中位の農民になりたれど、この男は疾くに物忘れして、この娘の言ひしことも心付かずしてありしに、ある日同じ淵の辺を過ぎて町を行くとて、ふと前の事を思ひ出し、伴へる者に以前かかることありきと語りしかば、やがてその噂は近郷に伝はりぬ。その頃より男は家財再び傾き、また昔の主人に奉公して年を経たり。家の主人はなんと思ひしにや、その淵に何荷ともなく熱湯を注ぎ入れなどしたりしが、何の効もなかりしとのことなり。

 気配に生きる人。足を掬われ、さらわれた人は水底に住む。水底の家。そこは、瓦礫に埋もれているかもしれない。常に水底の泥が噴き上がり視界がゼロ。光りも届かなければ暗黒。そこに住む人の眼は退化していくか異様に発達していく。形あるものを見るより、気配を見る、習性ばかりが発達していく。
 そこに住む人は、噴き上がる泥に、泥まみれになり泥の塊のようにも見える。泥の塊が息をすると、人の型が現れてくる。泥人間。立ち上がる時は、両手を水底にしっかり着け、両足を踏んばり、背中を山のように盛り上げ、背中から立ち上がる。泥人間が立ち上がる。
その時、「Wouu…」という声にならない呻きに似た声を発する。
泥人間が立ち上がると、泥が崩れ落ちて、気配だけの人型が水底に立っている。
 「wouu…」という呻きに似た声は、眠りについている未明にもよく発せられるようだ。そして、手足をバタバタ、ずんと強い力で突っ張り突き出し…。いつの間にか紛れ込んできた猫が、枕元にいつも一緒に寝ているのだが、
「猫が逃げ回っているぞ」
これは、水底へ時々訪れる男の数少ない証言であった。

気配はここにもある。それは、たいがい「死」と、そして「狂気」を孕む。
 ほら、目の前にも、背にも張り付いて。指先にも、言葉の影にも。殺意と狂気の気配がただよい潜んでいる。
引き受けて、日を暮らす。それは、もう逃がれられない。から…。
 それから、生きることはひどく孤独らしい。それが恐ろしくて、ごまかしをずいぶん、して、きた気がする。これからも、そうして生きていくのだろう。素敵な人とダメ人間と、猫と、言葉と、これからもいてくれるだろうか。そして、ザシキワラシがいてくれれば、いい。(?)(…)
どんどはれ
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