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エッセイ4

    悲しいまでに冷たい
           中井ひさ子

四一 和野の佐々木嘉兵衛、ある年境木越の大谷地へ狩りにゆきたり。死助の方より走れる原なり。秋の暮れのことにて木の葉は散り尽くし山もあらはなり。向かふの峰より何百とも知れぬ狼こちらへ群れて走り来るを見て恐ろしさに堪へず、樹の梢に上りてありしに、その樹の下をおびただしき足音して走り過ぎ北の方へ行けり。その頃より遠野郷には狼はなはだ少なくなれりとのことなり。
四二 六角牛山の麓にヲバヤ、板小屋などいふ所あり。広き萱山なり。村々より苅りに行く。ある年の秋飯豊村の者ども萱を苅るとて、岩穴の中より狼の子三匹を見出し、その二つを殺一つを持ち帰りしに、その日より狼の飯豊衆の馬を襲ふことやまず。外の村々の人馬にはいささかも害をなさず。飯豊衆相談して狼狩りをなす。その中には相撲を取り平生力自慢の者ありさて野にいでて見るに、雄の狼は遠くにをりて来たらず。雌狼一つ鉄といふ男に飛びかかりたるを、ワツポロ(上張り)を脱ぎて腕に巻き、やにはにその狼の口の中に突込みしに、狼これを噛む。なほ強く突き入れながら人を喚ぶに、誰も誰も怖れて近よらず。その間に鉄の腕は狼の腹まで入り、狼は苦しまぎれに鉄の腕骨を噛み砕きたり。狼はその場にて死したれども、鉄も担がれて帰り程なく死したり。 
四二の物語は雌狼が自分の子三匹を殺されたどうしようもない怒りを、それに対して人間が生きていく為の鉄の思いが、実に端的に語られている。生きていく上での業までも感じさせられる。また、狼と鉄と戦い方が互いにいさぎよいのだ。四一に狼は群れをつくるとあるがそんなことはしない。雄狼はもちろん共にでなく群れもなさず雌狼一匹で戦うのだ。鉄は刀や鉄砲のような武器を持たない。ワッポロを腕に巻き狼の口に入れるところがかっこいい。そして、相討ちとなるのだ。同じ立ち位置にいる一匹と一人。私にはとても心地よかった。でも、それだけで物語に惹きつけられたわけではない。私は狼が好きなのだ。いや、あの日からからだの隅
に狼の影が座っている。それゆえ、鉄が狼の腹の底で掴んだものは深く鎮めている魂だと感じた。魂をわし掴みに取り出されたのだ。狼自身が消える。だからこそ、狼も鉄の腕骨を噛み砕きからだの底に置いてある魂を持ち去ったのだ。魂は取り出してはいけないのだ。そこには死があるのだから。魂は鋭く静かに感じあうものだと遠い日に知らされた。
・・・小学生の終わりに近づいた頃、母が死んだ。私はとまどい、気づくと母をさがし、そしてぼんやりしていた。そんな私は春休みに母の実家にしばらくあずけられた。山里深くにある萱葺き屋根は少々重たげで子供心になじめなかった。友達もいなかった。実家の裏が山に連なっていて、一人でぜんまいやわらびを採るのが私の遊びだった。祖母はいつも頷いてくれた。あの日「あぶないけん、あんまり奥へいったらいけんよ」祖母の声を背に聞き、山に入った。山桜がきれいだった。だが、風は冷たく樹間には、何かがおし鎮められているような気配があった。もちろん人影はない。樹の向こう側からあらわした姿を、私は犬だと思って「おいで おいで」と手を振った。しかし、その姿は微動だにもせず立ち、こちらを見つめていた。目の鋭さ、鋭いからだつきが、犬とは違うことを語っていた。遠野の物語の三六では・・御犬のうなる声ほど物凄く恐ろしきものはなし。とあるがうなり声も上げず突き抜けて見ている目があった。その目が私を惹きつけた。忘れられなくなった。
 四一では・・走り過ぎ北の方へ行けり。その頃より遠野郷には狼はなはだ少なくなれりとのことなり。とある。遠野郷から群れてこちらの郷に渡って来たのか。群れから外れた一匹狼だったのだろうか。私は毎日狼に会いにいった。もちろん祖母には内緒だった。言ったら悲鳴を上げただろう。だからといって狼と親しくなったわけではない。いつも三メートルほど離れて向き合っていた。いや、にらみ合っていた。互いにそれ以上近づいてはいけないという本能が働いたのかもしれない。ただいつも見つめ合っていた。でも、狼の気持なんてわからない。狼だって私の気持がわかるはずがない。気持が通じ合わない楽しさだってある。が、その日は違っていた。狼の鋭い目が、いっそう鋭くなっていた。からだが小刻みに揺れてた。私は食べられるかもしれないと神経を研ぎすました。不意に私のからだがゆるぎない冷たさを感じた。突き刺されたようだった。懐かしさをも伴って。魂だ。直感した。狼も私の心の底に鎮めている魂を感じただろうか。狼は目を細めると、小さく吠えるように空を仰ぎ、くるりと背を向け去った。
 その夜、星を見ながら、生きているものが心の奥深くに鎮めている魂を思った。なぜか涙がこぼれた。そして、狼の後ろ姿を思い、母の死を思い、自分の魂のなかに埋まるよう寝た・・
以来私の中のあの狼に会っていない。遠野郷の狼の死、鉄の死を再び思った。魂の行方を考えた。狼は鉄の魂をもっている。鉄は狼の魂をもっている。それゆえ、又どこかの郷でそれぞれ生きているのだろう。別に、狼が鉄の魂を持っているからといって、人間にならなくてもいい。好きなものになればいい。鉄だってそうだ。すべての魂が悲しいまでに冷たくて懐かしいものだから。  
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