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エッセイ5

   河童の手いでたり
        岡島弘子

五八 小烏瀬川の姥子淵の辺に、新家の家という家あり。ある日淵へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子は外へ遊びに行きし間に、河童出でてその馬を引き込まんとし、かえりて馬に引きずられて厩の前に来たり、馬槽に覆われてありき。家のもの馬槽の伏せてあるのを怪しみて少しあけて見れば河童の手出でたり。村中のもの集まりて殺さんか宥さんかと評議せしが、結局今後は村中の馬に悪戯をせぬという堅き約束をさせてこれを放したり。その河童今は村を去りて相沢の滝の淵に住めりという。

 その美容院に行ったあと数日してかならず恐ろしいことが起こることに気づいた。なかでも怖かったのは二〇一一年三月八日に美容院を訪れ髪を整えてもらったあとのことである。三月十一日のパーティに出席するための出発の準備をしていた。その最中に震度五強の地震にみまわれたのだ。これがかの東日本大震災で、各地に大きな被害をもたらし、いまなお復興もままならない状態である。計画停電、買占め、断水などと未曽有の出来事がつぎつぎ起こり、被災地からやや離れたこの地に住んでいる私もパニックに陥りトラウマとなった。
 この事件は日本全体をゆるがしたが、私の個人的体験もある。七月二十一日に訪れたあと、二、三日して、なんだかだるいのに気づいた。体温を計ると高い。病院に行くと胸膜炎と診断された。夕方になると熱が出て、咳も出る。抗生物質と咳止めと解熱剤を飲み、ほぼ一カ月かかってやっと治した。抗生物質は副作用でおなかが壊れやすくなるため、腹巻をしたり正露丸をまいにち飲んだりと、それはそれは苦労した。
 まだある。八月十九日に髪を整えてもらって数日後、今度は交通事故にあった。子どもの飛び出しである。子どもはかすり傷程度。自動車保険に入っていたので実質的被害はたいしたことではなかったが、精神的にダメージを受け、車の運転ができなくなった。
 まだまだある。口内炎が三カ月たっても治らなくて、歯医者に行ったところ、ガンかもしれないといわれ紹介状を持たされ大病院で検査をするようすすめられた。舌の裏にできているので、食べるのも喋るのもつらい。それから一カ月後ようやく治ったが、どうやらこじれた口内炎だったらしい。検査に行かなくてよかった。でも精神的にすごく追い詰められたのはいうまでもない。
 そしてインフルエンザ。香港A型で鼻水と熱に苦しんだ。
 こうしてみると昨年からの恐ろしい出来事はどれも私がこれまで生きてきたなかで初めて体験したものばかりである。
 おもいきって美容院を変えてみた。それからはなんとか無事にすごしている。ある日、新しい美容院でシャンプーをしていたとき、顔の覆い紙が吹っ飛んでしまったことがある。美容師が詫びながら話してくれたところによるとここのシャンプーは、水圧を高くして汚れなどをはたきおとす方法でおこなっている、とのこと。それを聞いて、ふと閃いたものがある。このシャンプーのやりかたでいくと髪の表面を削ることなく洗い流しているのではないか、と。ということは、前の美容院では髪を梳るようにして洗い流していたふしがある。そういえばシャワーの水流にまぎれて皿のようなものが剥がれおちていたような気配があったのを思い出した。皿ばかりでなく甲羅も。前の美容院でシャンプーするたび、河童は身体の一部を少しずつ失っていった。つまりいのちを削られていったのだ。私が体験したかずかずの恐ろしい出来事も、そのことと関係ありそうだった。
 国民百科事典(平凡社)によると,河童は水中に住む妖怪の一種で東北から沖縄までの各地に分布している。水を支配する神の化身、あるいは使者として信仰されていたが、信仰の衰えによってしだいに妖怪として数々の伝承を生むにいたった、ということである。
 五八話では河童は姥子淵に馬を引きずり込もうとした。こちらの世界を河童の世界に引き込もうとしたのだ。ここには挙げなかったが、五五話は、河童が女に子を孕ませる話である。いずれも代々続く名家での出来事。奇形児が産まれてしまった場合、河童の子として処理された、ということもありうるにちがいない。ここでは河童はその世界を拡げ、こちらの世界にくい込むことに成功している。五八話にもどると、馬を淵に引き込もうとしてかえって馬に引きずり出されて厩まで行ってしまった河童は馬槽の中に逃げ込む。村人に見つかってしまった河童は、村を去って、今は相沢の滝の淵に住んでいる、ということである。こちらの世界に河童の世界を拡げようとして失敗、いまは小さくなって暮らしているらしい。
 ちなみに私のあだ名は、河童の川流れ。ちいさいころは笛吹川で毎日のように遊んでいた。ある日川の真ん中に出てしまい、速い流れにひきこまれ、下流へぐんぐんと流されてしまった。私の泣き声を聞いた大人に助けられてから、この名で呼ばれるようになった。
 前の美容院で皿や甲羅を流されていのちが危なくなった。あれは私。
 そう、何を隠そう、私が河童なのである。
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