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息子の発見

こんなに笑った詩は久しぶりだった。朗読したらどんなになっちゃうんだろうか??聞いてみたい。ことばを発見していく息子の-ingの様子を書くなんて、とても難しいと思う。それをさらさらっと書いてるのにびっくりした。詩誌『アフリカ』10月号から。

   息子の発見        犬飼愛生

 げろげろー、ぴょーん!ろま、ぺろぺろはっはっは
 しゅうちゃんくっきー、ばいばいできた!
 ゆーちゅーぶ、でんしゃ みる もっと ぴっぴ
 うーえー じじじー
 ぶーぶ、ちゃりんちゃりん
 はいどーぞ、にゃおーにゃおーってたー
 とぅ! ぷっちちゅー
 ごーかいじゃー しゃっしゃ

 ことばが しらたきかところてんみたいに
 つるつるとでてきて
 こっちは
 捕まえるのがたいへん

 おかあさん、ぐぅー とぅるー
 ぺんー
 だいじーっ
 ぴーと
 ちゅるちゅる へい!
 ちかう! ぶーじーじゅー
 
 庭のシャワーヘッド付きホースを見て
 
   「キリン!」

 洗濯時のタコ足ハンガーを見て

   「はなびー!」

 お茶をひっくり返して

   「あめー!」

 さつまいもチップスを腰のあたりに持ってきて

   「じゃじゃーん  ギター」

 リモコンを耳にあて

   「もしもし?」

 ことばの獲得と発見を繰り返す 息子
     を
 発見している わたし

 すごい巨大なゼリーのプールが
 あるとするでしょ

 そういう
 ことばのプールに
 ざぶん ざぶん
 入ってる感じです

 ゼリー越しに見る息子は
 ぶよぶよしたことばのゼラチンの上で
 笑いながら
 ジャンプしたり
 転んだりしている
 
 ちくた!
 ぱてぱて
 あくく
 とことこ
 てんてんてしゃ

 ど、ど、どぅーー!
 かんかんせん、いちばん、すきー
 
 発見、発見、発見だねえ、

 けーーん、けーん
 ねー!
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ねえ

伯母がなくなった。母の姉で97才、随分年の離れた姉だった。これで母の兄弟、姉妹7人全員がなくなった。なんだか死の前線に立たされた気分。今度は自分を含め、いとこ達の世代に死がやってくる、そんな気分なのである。
 中井ひさ子さんが8年ぶりに第三詩集を出された。『思い出してはいけない』というタイトルで少し幅の狭いハードカバーの素敵な詩集である。中井さんの作品は、ほぼ読んでいるという間柄なので、私はあまりよい読者ではない。個々の詩が書かれたときの状況?などが、どうしても思いだされてしまい、先入観がぽやぽやっとじゃまするのである。でもこんな個人的なことは関係ない。帯に「ちりちり痛む26の寓話的詩篇」とあるように、大きなやけどでヒーフー叫ぶのではなく、読むごとにちりちりちりちりどこかが痛む、切なかったり哀しかったりふっと笑ってしまったりの、そんな作品群である。彼女がそこにいるような作品をひとつ紹介したい。

   ねえ        中井ひさ子

 公園の石段で
 イグアナと出会っても
 黙って横に座る

 見なれない風だって
 吹く

 せっかくだから
 ねえ

 関わりあい方の
 練習してみる?

 ずい分ながい間
 確かめること
 忘れていた

 身をよじって降りてくる
 空を
 他人事のように
 見上げる

 並べて置いてきた
 いくつもの
 語らない耳

 泣かせるね
 乾いた
 その目
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貝殻の丘

P1010763.JPGサンダーソニアが秋の気配を伝えています。100円ショップのコップにちょっと小細工して遊んでみました。銀色のワイヤーをくるくる巻き、それに真珠と色玉を通してコップの中へ。銀河系宇宙のようです。といっても写真では見えませんが。
伊藤悠子さんが第二詩集『ろうそく町』を出されました。静かなたたずまいの奥に隠されているエネルギーに圧倒されます。とても魅力的な詩集。

 貝殻の丘
       伊藤悠子

 堆積した貝殻を含む厚い地層は
 透明な硝子一枚に取って代わられ
 縄文の人骨が横たわっている
 大きな人だ
 欠けたところの少ない顎骨が笑っている
 かって人の表情に見たことがある
 酷薄と見たものが放心であり
 あるいは困惑であったのかもしれない
 ただの

 縄文の人と私は
 窓枠が互いに似かようように似ている
 表情は布のようでもあり
 布はもうない
 幾つもの川を渡ってきて
 歴史博物館の暗がりで
 たったこれだけのこと

 貝塚跡地の丘を登れば
 一面貝殻のような
 スミレ
 タンポポ
 
 
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バーモントの秋

神奈川新聞は日曜日毎に「旅人のうた」という見出し?で10行の詩を載せている。この「旅人のうた」は最近はじまったばかり、その前は「港」でその前は「食卓」だった。書き手は横浜詩人会の会員たち。20字10行という枠組みがいいのか悪いのか分からないが、読む側にたつとおもしろい。それぞれの展開の仕方や切り取る角度など、なかなか個性的。昨日の日曜日は水野るり子さんだった。こんな記憶があるなんてうらやましい。

  バーモントの秋
              水野るり子


 ワッフルを見るとバーモントの秋がよみがえ
 る。まぶたの裏に染み入る黄葉の木々をくぐ
 り、おしゃれなペンションに着いた。エリオ
 ットの詩集の置かれた暖炉…ふわふわのベッ
 ド。詩の頁をめくるような夜だった。だが、
 朝食は散文だった。客たちの流ちょうな英会
 話が食卓を燕のように飛び交い、私の耳では
 孤独な電線が風に鳴りつづけた。…でも、不
 思議だ。今では思いきりアップにされた黄金
 色のワッフルだけが記憶の皿に載っている。
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秋のオランダ

豊原清明さんの詩にはよく父がでてくる。私は母のことはよく書いたが、思うに病気になってからの母しか書いてないので、そのうち「母」というものを書いてみたいと思っているが、これはまだまだ時間がかかりそうだ。そのついでにというと変だが「父」というものも書いてみたい。豊原さんの作品には実に素直に父がよくでてくる。それで読むたびに、ああいいな!と思う。

   秋のオランダ
          豊原清明

 爽やかな風に カーテンが揺れて
 父よ、父よ、と
 祈るかのように 呟けば
 ふと、木の葉が吹いた
 青白い父の顔
 湯水をかぶって
 「ハイッ!お休み!」(註)と
 父は笑顔して
 風呂を沸かした
 衣なる 布団に寝て
 部屋が暗くなった
 闇から見える
 父の禿げ頭
 お休みと言って
 お休みと言われて
 お茶飲んで
 しっこして
 薄い蜉蝣
 眠っている間に
 夜に蠍が輝く

 星という名の自転車
 死んだあの子の
 チューリップ
 チューリップ ああ星よ

(註)2011年、「明石市立文化博物館」で「放浪の天才画家山下清展」を7月、8月、二度見に行き、山下清の画に魅了されて。清画伯の 貼り絵。
 
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